書評日記 第114冊
ファザー・ファッカー 内田春菊

 母親っていうものは、
なんでこう口うるさいものなのでしょうか。
確かに、俺は、あなたの子供ではありますが、その、28歳なんだし、
会社に勤めて1年半経とうとしています。
いろいろ嫌なこともありますが、それなりにこなしているつもりだし、
そんな、増して、「犯罪」を犯して新聞に載って親戚に迷惑をかけるような
ことはやっていません。
なのに、なぜ、そうしつこく、「事を起さないで頂戴。」と云うのでしょうか。
いつもいつもいつも、云われつづけてきました。そうして、俺は、
事を起さなかった。そうして、結局、大学時代、何も出来ずに「事」を起こす
ことが出来ずに、あなたの顔色を伺いつつ、そして、何もせずに、ただ、
卒業していまいました。
 それだけくり返すのは、なぜなのですか? 
ひょっとしたら、「事」を起してほしいのでしょうか。
なにか、とてつもないことをしでかして、親戚に広く知れ渡り、
世間に顔見せができないような「事」をして欲しいのでしょうか。
それほど、しつこく云うからには、何か深い訳があるのかもしれない。
俺は、時々、その科白を聞く度に思います。
 この歳で、母親と喧嘩なんて、妙な話ですが・・・そう、実は、
母親と喧嘩したのはこれが始めてなのかもしれない。
父親とはよく口喧嘩をします。
その度に、彼女は、その間に入っておろおろし、俺に謝罪を求めます。
俺は、いつも彼女の言葉に従ってきました。
従ってきましたが、ただ残ったのは、なんにも出来ない自分でした。
 あなたは、俺に、何を期待しているのでしょうか。
平穏な生活。平和な過程。無難な仕事。そして、淡淡とした人生。
俺は、そういうものを望みません。確かに、あなたが俺に与えてくれた
暖かい家庭の雰囲気は俺にとって大切なものです。
でも、俺は、そのようなのんのんとした生活をし、やわらかな家庭を持ち、
淡々と人生を生き、そして、老後を迎える。
そういった人生を送ることを望んでいません。
そういう感じが全然しないのです。
むしろ、嫌気を覚えます。
 平穏無事という生活が、いかに俺にとって嫌なものか、
そして、ことあるごとに云うその科白が、いかに俺をだめにしているか、
あなたは解っているのでしょうか。
先日、何を根拠に云っているのか、聞いてみました。
そう、一度だけ、ヒステリーを起したことがありました。
その、一度だけに対して、彼女は脅えているようです。
たった、一度だけのヒステリーが、彼女をして俺を苛つかせる原因のところの
ひとつの科白を生み出したわけです。
 多分、あなたは、俺を許すことはできないでしょう。
「折角、心配してやっているのに。」という押し付けがましい気持ちを
持っている限り、無理です。
心配されるのは、確かに有り難いことなのですが。
その心配を押し付け、俺を支配しようとすることは止めて頂きたい。
少なくとも、社会人として独立している男性にする行為ではないような
気がします。

 内田春菊の「ファザー・ファッカー」を読みました。
ちょっと、個人的な理由により、読んでいるときにその文庫本を
取り落としてしまいました。非常に怖い話です。
できれば読んで欲しくないのですが・・・。
 内容を簡単に云えば、養父がその娘を犯す話です。
母親がいました。2人の娘がいました。姉は優等生でした。
母親は離婚して、再婚しました。
暴力的であり、家族の者を支配する欲求の高い男でした。
3人の女性は脅え、それぞれの方法で彼に屈しました。
姉の方は、男友達をつくり、そして妊娠しました。
その時より、養父は、彼女に欲情を覚えました。
母と妹は姉を養父に捧げることで、彼の暴力を避けました。
姉は、ただ、それに従いました。
 そう、ラストは、姉が家を出る決心をして、雨の中を出て行く場面で終わります。

 以前、浅田彰の「逃走論」を書評しました。
俺はそれを読み、「逃げる」ことが卑怯な手段ではなく、
立派な行動だということを知りました。
確かに、対峙して言い合うことも、理解するまでとことん議論することも
大切かもしれません。
でも、どうしようも無いときは、「逃げる」ことも大切だと思います。
自分の人生は、結局のところ、誰に頼るべくもないものですから、
これは無理だと思ったら「逃げる」勇気が必要です。
なにか、自分の人生にとんでもないマイナスを作られてしまう前に、
その状況から逃げてしまうのも一つの方法だと思います。

 昨夜、喧嘩をして、夕飯直前に家を出ました。夜中にこっそり家に帰りました。
口はきいていません。朝に謝りました。でも、「どうしたしまして」の言葉に
修復しようの無い冷たさを感じました。思わず、
朝ご飯を食べずに会社に行きました。
 最近、何故か、失うものが多くて哀しいのですが、
それも目的のための過程なのでしょうか。よくわかりません。
でも、何者かになろうと決心した時、彼は、すでに、あなたの「息子」ではないのです。
それを理解して頂きたいのですが。

update: 1996/09/09
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