書評日記 第194冊
限りなく透明に近いブルー 村上龍
講談社

 何時かは読まなくちゃ、何時かは紹介しなくちゃと思っていた著者が村上龍である。まあ、「コインロッカー・ベイビーズ」でも良かったのだが、随分前に読んだのとデザインフェスティバルの時に出会ったおじさんの悪態が残っていて、どうも彼に対して素直な感想を持つことができなかった。
 勿論、とある理由により卑下することも出来なかったわけで、それは「何時か」の部分に理由がある。

 実は、これの前に「すべての男は消耗品である」を読み終えた。第一の感想は、文章が下手糞……であった。文章が下手糞な奴に下手糞と言われる筋合いはないかもしれないが、解説で山田詠美も言っている通り、どうやら村上龍はエッセーが得意ではないらしい。これは、寵児たる村上龍だからこそのエッセーであって、まあ、それほど、というところなのかもしれない。
 余談だが、「すべての…」に関しては、そのタイトル通りフェミニストっぽい書き方がされているものの、それは男性としての村上龍の視点であって、河合隼雄云うところの「社会の縁」とは違うような気がする。
 勿論、そういう男性っぽい荒々しさが、村上龍の女性ファンを掴む部分、というのは過言であろうか。

 「限りなく…」を読むと、麻薬とセックスの応酬が一番に目に付くが、どちらかといえば、小説全体に通じる「騒がしさ」がこれの本質ではないか、と思う。
 そういう意味で「ノイズ音楽」に通じるのは、非常に自然なような気がする。
 逆に云えば、ノイズに辟易してしまえば、それまで、の小説であり作家であるのかもしれない。

 ……ただいま、年譜を見て、絶句しております。
 昭和27年生まれだそうです。ああ、俺、ほぼ同年代じゃないかと思っていました。すんげー勘違い。

 そうなると「超伝導ナイトクラブ」がたいして面白くなかったのも正しいらしく、「限りなく…」と「コインロッカー…」とは、全然違う印象を得たとしても間違いではなかったようです。

 そうなると、山田詠美が「村上龍ならば寝てもいいな」と云ったのは、まさしく、はあ、貴女と同じ感情ではなかったかというのは、うーむ。こいつぁ、やばいぜ。

 読者に手をだしちゃあ、いかんよ、という自負をこめて、本日は〆。

update: 1997/01/13
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