書評日記 第427冊
バッドテイスト 荒俣宏
集英社文庫 ISBNISBN4-08-748661-3

 集英社文庫の編集のセンスは良くない。はっきり言えば悪い。出している本も何処かおかしい。単純に私と反りが合わないだけなのかもしれないが、買うたびに妙な思いを感じて出版社を見れば集英社であることが多い。南條竹則『満漢全席』しかり、荒俣宏『バッドテイスト』しかり。

 『バッドテイスト』の方は初出がごちゃまぜであることが災いしているのだろう。よりによって、最初の1・2章が書き下ろしであって調子が整っているのに対して、後の方の会話調がつぎはぎに見えて邪魔臭く感じることになる。せめて、文調が整っているものを並べるなりして欲しかったわけだが……コレクションともなればこれでいいのかもしれない。

 SM、スカトロジー、フェイク、死体フェチ、巨乳、近親相姦、アナルセックス、という言葉が日常的に使われるほど――少なくともピンクビラには日常茶飯事であるし、数々の雑誌においても日常的である――バッドテイストはそれほどバッドではなくなっている。明治・大正の衛生博覧会に匹敵するものが去年の秋には行なわれた。『人体の不思議展』と題するプラスティカルな人体標本は明るくバッドテイストであった。会場のどれだけの人が目の前にあるものが本当に異様であることを知っただろうか。少なくとも、会場に飾られていたのは本物の死体であったのだ。

 切り開かれたからだをさらけ出し踊る女の絵が中世が中世のバットテイストであるならば、現代は明るく開かれたところで内臓と目をむき出す全裸(?)の男がバットテイストなのである。私にはあれが標本であろうと科学的であろうと献身であろうと、あまり誉められた趣味ではないと思われる。むろん、私はそれらを好む。それは、埴谷雄高が自分の本は文庫化するなと言い続けたと同じく、筒井康隆が悪書とは箱に入った本のことを示すと言ったように、それらは密やかな自分だけの悪趣味でなければいけないからである。共感できるのはそれらの悪趣味を理解できる人達であって、一般の常識的な人達にとっては眉をひそめるものでなくてはいけない。
 という意味でも『バッドテイスト』が文庫で出るのはおかしいのだが、安く楽に手に入るのだから文句は云うまい。

 実のところフロイトが披露した心理学講義と同じ効果を数々の悪趣味の一般化(?)が為されているというところだろう。性愛なりコンプレックスなり鬱病なり分裂症なりが、一般的に理解し得るほど簡単ではないことは明らか――なぜならば、一般には理解し難い現象だからこそ、解明する必要があるわけだし――なのだが、やさしくかみ砕き横にずれて世間に通用するように歪められてしまった真理は、もはや真理とは呼べないものになってしまっている。

 数々の「終焉」と吠たえてしまう人は終焉とするほどの知能しか持っていないことを知るとよかろう。……と言うと、上野千鶴子もその中に入ってしまうので、やめておくのが無難だろうか。

update: 1998/3/2
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