書評日記 第609冊
ワンダー・ウォール 桜井亜美
幻冬舎文庫 ISBN4-344-40068-2

 しばらく本読みが先行しているので「ワンダー・ウォール」は三日前に読み終えたもの。
 裏表紙には『新世紀文学の旗手・桜井亜美が遺伝子の謎に挑む』とあるけれど、新世紀文学の旗手はいいとしてしも、「遺伝子の謎に挑む」はちょっと筋違いかもしれない。キーポイントが血友病だから遺伝的な病気をベースにしているわけだし……と、読み終えてすぐならばずらずらと文句を並べるところだが、今はそんな気がない。
 読了直後の感想を思い出せば、短い物語の中で次々と都合の良い繋がりが出てきてしまって謎を解き明かす探偵小説にしてはあっさりとし過ぎ、真相を解明する医学小説にしてはばたばたとした解決が出てきていまひとつかな、というものであった。
 今、思い返すと、堕胎した子供の幹細胞を取り出し自分の娘に移植する医学部教授(助教授だったかな?)の倫理的なジレンマを掘り起したほうが深みがあったと思うが、下手に医学倫理とか人権だとかに突っ込んでしまうと単なる啓蒙小説に陥るから避けてほうがよく、そうなると自分の娘を助けた医学部の教授は、堕胎された子供の幹細胞を取ったという道徳的な罪のみを負わせるこの小説のやり方のほうが一方的な視点で落ち着きがよい、のかもしれない、などと考察みる。
 大江健三郎のように障害を持つ息子という形で真正面に捉えてしまうと「文学」にはなるだろうが「新世紀の旗手」にはならない。むろん、「文学」にさえならない可能性は高いから、「旗手」的にプールの中に遺伝子組み替え実験で捨ててしまった動物たちを沈めておくのもちょっとしたホラーとしては良い手法かもしれない。だが、私は計らずも、篠田節子の「ハルモニア」を読み、そして比べてしまうと、不可解なものへの対処が、篠田節子が丁寧に現実に起こる出来事の発生順に描いていくのに対して、ピンポイント的に焦点を合わせ飛び飛びに映していく桜井亜美の描き方は、描き足りないというよりも読者との暗黙の了解を前提として遊んでいく場の作用をうまく利用しているような気がする。
 この小説は、アイデアをひとつ固めてそれにかつての小説の手法を塗り固めているように思える。そういう意味で、桜井亜美自身の純粋な独自さは少ないけれども、淡い独特さが彼女の魅力的なのではないだろうか。
 ETERNA WIND 桜井亜美通信

update: 2001/03/15
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