書評日記 第507冊
閉鎖病棟 箒木蓬生
新潮社 ISBN4-10-331407-9

 図書館で借りる。
 以前、ミステリー小説のホームページで箒木蓬生の名が出ていたので、以来、ミステリー作家として勘違いしていた。本当は、加賀乙彦のように精神科医であり、遠藤周作のように洞察の深い小説家である。
 
 「閉鎖病棟」は、精神病院の開放病棟の中で起こる出来事を綴った小説である。精神病院に入院するチョウさんの目を通して、入院患者の生活を見る。そして、一本の筋として、病院内での殺人を描いて幕を閉じている。さして、筋らしい筋はない。というのも、長編らしく、チョウさんが入院してからの出来事を少しずつ追い、長々とした入院生活に終止符を打つ(チョウさんは、退院を申し出て、実際、退院する)までを描いているために、一言では作品の流れを追うことが出来ない。つまり、「物語」はこの作品にはない。いや、強いて言えば、強姦された中学生の心を救う秀丸という元死刑囚、というストーリーも用意されているのだが、それすらサブストーリーであるかのような広がりが「閉鎖病棟」という作品にはある。
 これは、北杜夫の「楡家のひとびと」や加賀乙彦の「永遠の都」をバックグラウンドに読んでいる私だから得られる感想かもしれない。だが、いわゆる短編小説が人生の一部を切り取って象徴化させた小説を意味するとすれば、長編小説は人生をまるごと記述する広がりを持った小説ということになる。ゆえに、「閉鎖病棟」は長編小説となり、ひとつの粗筋を記述することが不可能になる。
 
 精神病院のあり方を考えるべきなのか。いや、それほど大上段に傘のかかった言い方を箒木蓬生はしていない。チョウさんという自主入院をしている患者が自主退院をするまでを描く、または、読者がチョウさんと行動を共にすることによって、「精神病」というレッテルの内側から見える暗黙哩とされる常識をふたたび考えさせられる。

update: 1999/06/22
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